あっ・・・またしても長らくお休みしてしまいました(>_<)
20日㈯の全体会では、中山徹教授の基調講演は、国政の動向から始まり、戦争する国づくりが地方自治体と住民にどんな害悪を及ぼしているのかを聞かせていただいた。そして、DX化(デジタル化)の名のもとに自治体独自の施策が矮小化される、デジタル化による行政の産業化が進みつつある中で、地方自治法改正が行われ、地方自治の後退が始まっているという警鐘を鳴らしておられた。呆れたのは、国は、能登半島の地震を受けて『創造的復興』 『関係人口の拡大』として「二地域居住モデルを構築」として、金沢市内で平日の5日間を過ごし、週末には、地元に戻る。ということをさせると、本気で考えているようです。『奥能登の復興には、お金をかけたくない』という魂胆が透けて見える。そして、この国は、大規模災害が起きるたびに「復興」のかけ声のもと、ここぞとばかりにそれまでできなかった都合の良い「再整備」や「集約化」をしているのだから、何とも質が悪い。こんなことをしているのだから、災害に強いまちづくりのために税金を使うなどという考えには至らないことが理解できる。早く、政治を変えなければ、いつまで経っても、この国は災害から復興できないままになってしまうと本気で心配になった。
「紛争地、被災地に生きる人々の声 ―取材からみえてきたこと 」というタイトルでフォトジャーナリストの安田菜津紀さんが話してくださったのは、世界で起きている紛争・戦争と国内の大規模災害が地続きで、人が人を思いやる気持ちで支えられていることに気付かされた。そして、シリアやガザ地区の子どもたちの真っ直ぐな眼差しが「いつまで、私たちをほっておくの?」と、言っている気がして、胸が苦しくなった。
21日㈰の分科会は「震災と水道事業「いのちの水を送りつづける」」に参加。名古屋市上下水道局の能登半島地震地直後に行った支援で、実際に参加された職員さんの報告は、凄かった。「発災から2時間半で、支援体制を整えて能登へ」と、7月13日までに延べ1,000人が支援に行き、4台の給水車と6万1100袋の飲料水持ち運び袋、1345箱、3,2080本の飲料水を配布。寸断された道路や情報収集などに苦慮。しかし、残された職員は派遣された職員の分の業務もしなければならないという苦労もあり、残業時間が労働基準法違反というところまでになったという。そして、和歌山市で起きてしまった水道管橋崩落事故の対応をされた職員さんや寒波によって水道管が破裂した事故や豪雨災害によって送水できなくなった事故など、各地で復旧に尽力された職員さんの報告を聞かせていただきました。どの方も「災害対応や被災地支援には、経験が必要で、若い職員の経験を積む場ではないし、高齢職員が行かれる場所でもない。経験豊富で全ての業務を把握している職員が派遣されるとなると、残された職員が大変な苦労をすることになる」と、どの自治体も職員の削減を実施している。名古屋下水道局が支援に入った、石川県珠洲市の水道局職員は2名だった。給水人口が2万人~3万人未満の自治体で1名しか職員がいないというところもある。これでは、災害時の対応はできない。国の職員定数削減に従ってしまえば、市民への給水は直ぐに止まり、復旧までに相当な時間がかかることになりかねない。そして、業務のほとんどを民間委託してしまったことで、そのノウハウは職員の身に着かないままとなり、技術継承ができないことにもつながり、災害時の対応ができない要因にもなっているというので、悪循環でしかない。それに、災害応援にも行かれなくなる自治体が出てくることも、危惧されていた。
22日㈪、妙蓮寺駅で待ち合わせをして、妙蓮寺さんに伺う。神奈川区の入江という地域の道路が多くの人が以前から通行している所に、車両が抜け道として通行するようになり道路の劣化が酷くなり、陥没していることを近くの住民の方が心配して私に相談にいらした。調べてみたところ、この道路の持ち主は、横浜市ではなかった。妙蓮寺さんのものだったので、道路陥没を直て欲しいという声を伝えに行くと、インタフォンで「土地の件でしたら、○○○の○○○○まで、電話してください!」と言われたので、教えていただいた番号にかける。事務員さんらしき方から、男性に代わり、私が先の事情を述べると「はぁ・・・何でお宅が?」と「私が、住民の方からご相談を受けたので」と言うと「はぁ・・・そうですか!その相談に着た方から直接、連絡いただければ、対応しないこともないですけど」と言われたので「では、相談にいらした方に、そちら様の番号とお名前をお伝えしてよろしいですか」と承諾を得て、お礼を言い電話を切った。すぐさま、相談にいらした方のお宅へ行き、先のことを報告。
議員室に行き、夜の会議の市会報告と予讃要望を書いて、夜の会議に出る。
23日㈫、朝レンジを病院に連れて行く。検査の結果は聞いていたのですが、レンジの様子を見ていただき、薬の説明を聞いて帰宅。レンジのお薬生活が始まりました。
議員室に行き、予讃要望を書く。
まだ暑いけど、地元の羽沢に戻り訪問。会いたかった方には、会えず残念(>_<) 狙って、この時間にしてみたのに(>_<)
24日㈬、とにかく、予讃要望とにらめっこ(-“-) 三文字書いて、五文字消す(>_<) 進まない(>_<)
25日㈭、10時から三役会議。課題が盛沢山。宣伝カーで流す音源を久しぶりに録音。原稿がハンドマイクの原稿なので、短いセンテンスの流し様にするのが大変(*´Д`) やっとのことで録音を終える(;^_^A
26日㈮、朝は、先週に比べたら幾分楽だった(;^_^A 首にひんやりするのを巻いて、水も持って、しっかり対策をして1時間何とかなった(;^_^A いつも応援してくださる方が「暑いね!!身体気を付けてくださいね!!」と優しいお言葉m(__)m
議員室に行き、10時15分から申し入れ。その内容は「https://jcp-yokohama.com/」こちらから(*´▽`*)
団会議は、やはり課題が沢山(;^_^A
27日㈯、大口方面を訪問。暑いのでみなさん「こんなに暑いのに!まぁ!大変!」と驚かれて「頑張ってくださいね」と、嬉しいお言葉m(__)m
14時から市政要望懇談会㏌神奈川区 ということで、神奈川公会堂で開きました。酷暑の中、他の区からもきていただき感謝m(__)m 団長から市政報告、私が能登半島地震ボランティアの報告をさせていただき、みなさんからいただいた要望を読み上げて紹介し、それに対しての受け止めを議員が述べるということで、一枚に沢山の要望を書いてくださった方が何人も居られたので、ありがたい限りですm(__)m
急いで事務所に行き、会議。流石に疲れた(;^_^A
28日㈰、んっ?今日は、大事な人のお誕生日だっ(*´ω`) 大きな独り言(;^_^A
先輩同志に迎えに来ていただき、片倉の方へ。日曜版読者さんに「いつも本当に頑張ってますね!ちゃんと読んでますよ!本当に凄い!」と、お褒めの言葉(/_;) ありがたいですm(__)m 別のお宅へ伺うと、懐かしい方との再会に声が弾む先輩同志でした(^^♪ そして、同行していた先輩同志が「えっ!鵜宇佐美さんの意外な一面」と驚いたのは、このブログを読んでいてくださる方ならよくご存じの『虫好き』ということ(*´▽`*) 私が行くところ行くところで、虫を見つけては観察するので、驚かれた様子(;^_^A あっ!因みに、今朝は我が家の敷地には、カマキリさんとカナヘビさんが居ました(*´▽`*) 携帯ではしっかり写真に納めた私です(^^)v
昨日の要望で寄せられたご意見で、三ッ沢下町駅のトイレについての要望があったので、先輩同志に送っていただき、駅に行く。二か所あるトイレ、どちらも見たけど・・・(;^_^A まっ、見ないとわからないこともあるので、違うということがわかったのは、良しかなっ(;^_^A
議員室に着いたのが12時少し前で、兄からの電話に出たり、何かと電話がかかってきたりしていたけど、予讃要望は、中々進まない”(-“”-)” 昼から始めて、書けた項目数は・・・ (>_<)きゃぁ(>_<) お外見たら、すっかり暗いではないか(/_;) とほほ・・・
まだ、続けるか、やめるか・・・ んっ?!電話だっ・・・
さて、うだうだしていても仕方ないので、ここは、もう帰ろう・・・
今日の写真は、訪問中に出会ったウスバカゲロウさん(*´ω`)